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鳥山明
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| | 医学者、写真家の「鳥山晃」とは別人です。 「スターログ独占インタビュー Dr.SLUMP 鳥山明」『[[スターログ#日本版|月刊スターログ日本版]]』1980年11月号86頁 [[清洲町]](現:[[清須市]]) 『産経ニュース』2024年3月8日付「[https://www.sankei.com/article/20240308-RFSYIIY2LVD7TBEE55J6RIA5UE/ 鳥山明さんの地元愛、「ダメ元で」の依頼を快諾 故郷の愛知県清須市の記念ロゴを制作]」(産経デジタル) "},"国籍":{"wt":" "},"生年":{"wt":"{{生年月日|1955|04|05}}"},"没年":{"wt":"{{死亡年月日と没年齢|1955|04|05|2024|03|01}} "},"職業":{"wt":"[[漫画家]] [[デザイナー]]"},"称号":{"wt":"[[芸術文化勲章]]"},"ジャンル":{"wt":"[[少年漫画]]"},"活動期間":{"wt":"[[1978年]] - [[2024年]]"},"代表作":{"wt":"{{ubl|'''漫画'''|『[[Dr.スランプ]]』|『[[ドラゴンボール]]』|'''デザイン'''|『[[ドラゴンクエストシリーズ|ドラゴンクエスト]]』|『[[クロノ・トリガー]]』}}"},"受賞":{"wt":"* 第27回[[小学館漫画賞]]少年少女部門(『Dr.スランプ』)\n* 第4回[[文化庁メディア芸術祭]]インタラクティブ部門大賞(『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』)\n* [[日本のメディア芸術100選]] マンガ部門3位選出(『ドラゴンボール』)\n* 第40回[[アングレーム国際漫画祭]]40周年記念特別賞\n* フランス[[芸術文化勲章]]「シュバリエ」\n* [[東京アニメアワード#2024年|東京アニメアワード2024]] アニメ功労部門\n* 米国[[ハーベイ賞]] 殿堂入り\n* 米国[[アイズナー賞]]殿堂入り"},"公式サイト":{"wt":""},"サイン":{"wt":"[[File:Signature of Akira Toriyama.svg|150px]]"}},"i":0}}]}'> | とりやま あきら 鳥山 明 | 生誕 | (1955-04-05) 1955年4月5日 日本・愛知県西春日井郡[[1]](./鳥山明#cite_note-star-1)清洲町(現:清須市)[[2]](./鳥山明#cite_note-産経新聞20240308-2) | 死没 | (2024-03-01) 2024年3月1日(68歳没)[[3]](./鳥山明#cite_note-:2-3) | 職業 | 漫画家 デザイナー | 称号 | 芸術文化勲章 | 活動期間 | 1978年 - 2024年 | ジャンル | 少年漫画 | 代表作 | - 漫画 - 『Dr.スランプ』 - 『ドラゴンボール』 - デザイン - 『ドラゴンクエスト』 - 『クロノ・トリガー』 | 受賞 | - 第27回小学館漫画賞少年少女部門(『Dr.スランプ』) - 第4回文化庁メディア芸術祭インタラクティブ部門大賞(『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』) - 日本のメディア芸術100選 マンガ部門3位選出(『ドラゴンボール』) - 第40回アングレーム国際漫画祭40周年記念特別賞 - フランス芸術文化勲章「シュバリエ」 - 東京アニメアワード2024 アニメ功労部門 - 米国ハーベイ賞 殿堂入り - 米国アイズナー賞殿堂入り | サイン | | テンプレートを表示 鳥山 明(とりやま あきら、1955年〈昭和30年〉4月5日[[4]](./鳥山明#cite_note-365日-4)[[5]](./鳥山明#cite_note-hoyo-5)[[6]](./鳥山明#cite_note-uhoho-6)[[7]](./鳥山明#cite_note-box-7) - 2024年〈令和6年〉3月1日[[3]](./鳥山明#cite_note-:2-3))は、日本の漫画家[[3]](./鳥山明#cite_note-:2-3)、デザイナー[[8]](./鳥山明#cite_note-8)。 所属プロダクションは自身が創設したBIRD STUDIO。愛知県西春日井郡清洲町(現・清須市)出身[[9]](./鳥山明#cite_note-kiyosu-9)[[10]](./鳥山明#cite_note-10)[[11]](./鳥山明#cite_note-11)[[12]](./鳥山明#cite_note-12)[[13]](./鳥山明#cite_note-13)[[14]](./鳥山明#cite_note-14)週刊文春1982年5月13日号20~21頁「This Week」 フォーカス1982年5月14日号18頁「「5億円」プラス「お嫁さん」」 。"}},"i":0}}]}'>[[注 1]](./鳥山明#cite_note-17)。妻は少女漫画家のみかみなち[[17]](./鳥山明#cite_note-spna20240308-18)。 代表作の『Dr.スランプ』の累計発行部数は3,000万部を記録[[18]](./鳥山明#cite_note-19)、『ドラゴンボール』は2億6,000万部を記録[[19]](./鳥山明#cite_note-20)、『ドラゴンクエストシリーズ』は、8,800万本の出荷本数を記録している[[20]](./鳥山明#cite_note-21)。 日本の漫画が海外で「MANGA」と呼ばれ、世界に広まるきっかけを作った先駆者であり、数多くの文化に影響を与え、「伝説の漫画家」や「史上最も影響力のある漫画家」と評価されている[[21]](./鳥山明#cite_note-asahi1-22)[[22]](./鳥山明#cite_note-sankei2-23)[[23]](./鳥山明#cite_note-washington1-24)。 ## 概要 1978年に『週刊少年ジャンプ』52号にて読み切り作品『ワンダーアイランド』でデビュー。集英社との専属契約下で『週刊少年ジャンプ』などジャンプ系列誌にて作品を発表。 代表作の『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』はいずれもテレビアニメ化され、1981年から1999年にかけてフジテレビ系列の毎週水曜日19時 - 19時30分にて『Dr.スランプ アラレちゃん』から始まり、『ドラゴンボール』『ドラゴンボールZ』『ドラゴンボールGT』『ドクタースランプ』と、長期にわたり鳥山が原作者であるアニメが放映されていた。 漫画家としての活動の合間にデザイナーとしても活動し、『ドラゴンクエストシリーズ』、『クロノ・トリガー』、『ブルードラゴン』などのゲームやマスコットのキャラクターデザイン、プラモデルや車などのデザインを多数手掛けている[[24]](./鳥山明#cite_note-25)。 2024年3月1日、急性硬膜下血腫のため死去[[25]](./鳥山明#cite_note-26)[[26]](./鳥山明#cite_note-27)[[27]](./鳥山明#cite_note-28)。68歳没。訃報は同月8日に『週刊少年ジャンプ』公式サイト、集英社、バード・スタジオおよびカプセルコーポレーション・トーキョーの連名で公表された[[3]](./鳥山明#cite_note-:2-3)。 ## 生涯 ### 幼少時代 1955年(昭和30年)4月5日、愛知県西春日井郡清洲町(現在の清須市)にて、長男として生まれる[[7]](./鳥山明#cite_note-box-7)。生コン会社の敷地内にある一軒家に住んでいた[[28]](./鳥山明#cite_note-shincho0321-29)。 実家は貧しかったが子供の頃から絵(とくに動物や乗り物)を描くことが好きで[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)、腹を空かせながらも漫画を描くのことが唯一の楽しみだった[[30]](./鳥山明#cite_note-31)。よく悪戯もしていて父親に怒られていた[[31]](./鳥山明#cite_note-32)。欲しい物があるとそれを手に入れるまで、あるいは興味がなくなるまで絵に描き続ける癖があり、その癖は漫画家になった以降も続いている[[32]](./鳥山明#cite_note-33)。 鳥山が小学生だった時代には娯楽が少なく、鳥山だけでなくクラスメイトの全員が(主に当時の漫画やアニメを真似て)絵を描いていた。その中で、同級生を描き始めた際にクラスメイトよりも絵が上達し始めたことを実感した[[33]](./鳥山明#cite_note-超会見-34)。また、小学校の同級生の兄弟の漫画のコレクションや、近所の家で初めてテレビを鑑賞したことなどに衝撃を受け、1961年に公開されたディズニー映画『101匹わんちゃん大行進』や手塚治虫の『鉄腕アトム』などがイラストおよび漫画に熱中するきっかけになった[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)[[34]](./鳥山明#cite_note-35)。特にウォルト・ディズニー、ディズニー作品から多大な影響を受けている[[35]](./鳥山明#cite_note-land-36)[[36]](./鳥山明#cite_note-WORLD-37)[[37]](./鳥山明#cite_note-kaiken3-38)。「当時通っていた絵画教室で描いた『101匹わんちゃん』が表彰されたことで自信を持った」と述べており[[33]](./鳥山明#cite_note-超会見-34)、小学校の写生コンクールで数回入賞し、高校2年時には美化キャンペーンのポスターで全国高校生の部に『自然を返せ』で入賞している[[7]](./鳥山明#cite_note-box-7)。 ### 学生時代 中学校は愛知県西春日井郡清洲町の町立清洲中学校に通う[[38]](./鳥山明#cite_note-中日新聞20240310-39)。 高校は愛知県尾西市(現:一宮市)の愛知県立起工業高等学校(現:愛知県立一宮起工科高等学校)に入学[[39]](./鳥山明#cite_note-中日新聞20240309-40)。幼少時は漫画やアニメに熱中したが、小学校高学年以降は特撮などの映画やテレビドラマ(特に円谷英二の特撮作品やガメラ、ウルトラマン)に興味の対象が移り[[37]](./鳥山明#cite_note-kaiken3-38)[[40]](./鳥山明#cite_note-tsumoto1-41)[[1]](./鳥山明#cite_note-star-1)、漫画に触れる機会が無くなっていた[[41]](./鳥山明#cite_note-42)。しかし、絵を描くことは変わらず好きで自信もあったため、高校では美術部に所属した[[39]](./鳥山明#cite_note-中日新聞20240309-40)。 美術に特化した高校に進学することは、当時の鳥山にとっては「当然のこと」だったが、学校ではクラスメイトと共に学生生活を楽しむことの方をより重視していた[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)。高校時代は「マンガ研究同好会」に所属して会長にもなったが、漫画を読むことも漫画を描くことも自体は決して多くなかったという[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)[[42]](./鳥山明#cite_note-43)。鳥山が漫画同好会を設立するに当たり、ある教諭に顧問に就任してほしい旨を頼んだところ、「漫画を描いている暇があったら、デッサンでもやっておきなさい」と断られた。そのため、鳥山は別の教諭に依頼して同好会を発足させ、後に部に昇格させた[[39]](./鳥山明#cite_note-中日新聞20240309-40)[[7]](./鳥山明#cite_note-box-7)。その後、高校を卒業し[[43]](./鳥山明#cite_note-44)[[39]](./鳥山明#cite_note-中日新聞20240309-40)、就職している。 ### デザイン会社時代 高校を卒業した1974年、絵を描く仕事に就きたいと思い、広告関係のデザイン会社「第一紙行名古屋支店」[[44]](./鳥山明#cite_note-45)にポスターなどを担当するデザイナーとして就職した。大学に進学しないことには両親からの強い反対があったが、就職先を見つけることには自信があったという[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)。 仕事自体にはすぐに慣れたものの、いわゆる「朝型」ではないために遅刻を繰り返し[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)[[45]](./鳥山明#cite_note-46)[[46]](./鳥山明#cite_note-Japan-47)、服装も社会人としてはカジュアルすぎると叱られていた[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)。また、レタリング作業が主な仕事になり、ルーティンワークになったことで仕事に嫌気が差していたという[[29]](./鳥山明#cite_note-2021年-30)。最終的に、約2年半[[47]](./鳥山明#cite_note-sono5.166-48)ほど経った1977年[[48]](./鳥山明#cite_note-49)1月[[49]](./鳥山明#cite_note-50)に退職した。本人は「わずかでも世間の仕組みを知ることができて、無駄ではなかった」と述べている[[47]](./鳥山明#cite_note-sono5.166-48)。 ### デビューまでの経緯 デザイン会社を退職後、1年間はアルバイトでイラストを手掛けていたが[[7]](./鳥山明#cite_note-box-7)、その後は遊ぶ金もなく途方に暮れていたある日、喫茶店で偶然手に取った漫画雑誌の『週刊少年マガジン』で、新人賞の作品募集の記事を見つける。入賞すると賞金50万円が手に入ることを知り、23歳の誕生日[[1]](./鳥山明#cite_note-star-1)に初めて漫画を描き始めた[[50]](./鳥山明#cite_note-51)。 結局、マガジンの締め切りには間に合わなかったため、1978年1月に『週刊少年ジャンプ』の新人賞である月例ヤングジャンプ賞へ応募作品の『アワワワールド』を投稿する[[35]](./鳥山明#cite_note-land-36)[[51]](./鳥山明#cite_note-sono5.184-52)。投稿したのはギャグ漫画であるが、その理由はストーリー漫画と賞金が一緒なのに求められていたページ数が半分であったため[[46]](./鳥山明#cite_note-Japan-47)[[52]](./鳥山明#cite_note-53)。 投稿した作品は入賞には及ばなかったものの[[53]](./鳥山明#cite_note-54)、すぐにまた描き上げた鳥山の投稿作品『謎のレインジャック』
Provenance
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