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[ドラゴンボールが四半世紀以上愛されるワケ。~カードダスの裏側を聞いてみた~]| 【公式】ドラゴンボールオフィシャルサイト
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折原:ジャンプ作品で見ると、1995年の夏の時点で、「ドラゴンボール」が約15億枚、次が「幽☆遊☆白書」で約2億枚、その次が「聖闘士星矢」の約1400万枚。2位の「幽☆遊☆白書」から見ても約7倍で、ジャンプキャラクターの中では群を抜いていました。 ——「幽☆遊☆白書」や「聖闘士星矢」も僕は当時大好きでしたし、大人気だったと思うんですが、なぜそのような差があったのでしょう? 折原:単純にキャラクター人気の差ということではなく、その頃のカードダスという商品形態と、作品との相性が良かったのだと考えます。「ドラゴンボール」をジャンプで読んだ子どもにとっては、「アニメでどう描かれるのかな?」アニメを観ている子どもにとっては「この続きはどうなるんだろう?」というワクワク感がありました。 カードダスは、コレクションしていくことで、アニメよりも少し早く魅力的なキャラクターやストーリーに対するワクワクを紡いでいくことができて、楽しかったのだと思います。また、悟空などのカッコいいキャラクターが今で言う“映える”プリズムカードになっていて、それを当てるワクワク感も魅力だったのでしょう。 ——漫画の掲載とアニメの放映、その間に位置するカード制作はどのように進めていたんでしょうか? 折原:時には深夜まで、ジャンプ編集部様で鳥山先生のネーム(漫画における下書きの下書きのようなもの)が来るのを待たせていただき、そのコピーをお借りして、東映アニメーション様でカード用のイラストに描き起こしていただくこともありました。 漫画はほぼ白黒なので、色を付けなければならないのですが、まだアニメの設定色が決まっていない段階でカード用イラストを描いてもらっていました。そのため、カードとアニメで色が違うこともあったんです。当時カードダスではお見逃しいただいていましたが、後半ではファンの志向に合わせて、アニメに登場してからカード化することもありました。 ——少しさかのぼりますが、もともとはガシャポンがカードダスの前身になっていると伺いました。どういった経緯で、カード単体の自動販売機の企画がスタートしたのでしょうか? 折原:当時のガシャポンは無彩色塩ビ人形(100円)が大半でしたが、おまけで付けていたシールが人気だったそうで、「これだけを毎日でも買いやすい20円で売ってみたらいいのでは」という発想だったようです。バブル期に20円でのビジネスは、社内から反対も多かったようですが、「コレクションは低単価であるべき」と押し切ったとも聞いています。 折原:カードダスは、現在バンダイの特別顧問である柴崎誠氏が立ち上げました。当時入社2年目だった開発担当1名と一緒に進めていたようですね。当初は絵素材の描き起こしも少なく、商品化決定から発売まで3か月くらいだったと聞いています。 ご存じの方もいるかもしれませんが、「カードダス」という名前は、当時話題になっていた気象庁の無人観測施設「アメダス」にあやかっています。カードダスが、子どもたちの情報発信基地になることを目指していたのです。 樋口:ドラゴンボールのおもちゃ商材はたくさんありましたが、売上推移だけで見ると、そのうちカードが占める割合は半分以上。まさに、「ドラゴンボール商材といえばカードダス」という規模感でした。 単年度の売上でみると、現在のドラゴンボールヒーローズ(1プレイ100円)とほぼ同じくらいです。ただ当時は1枚20円のカード販売だったことを考えると、非常にたくさんの子どもたちがカードを手にしていたはず。これはまさにブームといって良いかと思います。 ##### 収集心をくすぐる「キラカード」「レアカード」の秘密 収集心をくすぐる「キラカード」「レアカード」の秘密 ##### ——DBカードダスでは、「キラカード」と呼ばれるプリズムカードの存在にもとてもワクワクさせてもらいました。プリズムカードになるシーンやキャラクターは、どういう基準で選んでいたんでしょうか? 折原:やはり、プリズムカード映えするイラストであることです。鳥山明先生が描かれたネームを見た瞬間に、ビビっと来ることもありました。超サイヤ人3悟空(20弾No.154)や超サイヤ人ゴテンクス(21弾No.172)などの登場シーンがまさにそうですが、ネームの中で決めゴマを見つけたときには、「これはもう絶対プリズムカードだな」と決めていました。 折原:アニメでは一連の映像の1シーンになってしまいますが、カードだと、キメポーズのまま永遠に手元に残ります。それにふさわしい絵かどうかが大きかったですね。また、その弾を象徴するようなキャラクターや特別カードなど、プリズム化によってより付加価値が高くなるかどうかも考えていました。 茂木:ドラゴンボールは漫画・アニメ共にエフェクトもかっこいいので、キラキラの加工との相性が良かったですよね。ちなみに折原さん、カードダスに「ダブルキラ(ダブルプリズム)」があったじゃないですか。キラがあって、めくるとさらにキラが出てくるやつ。僕は幼稚園の頃あれを持っているのが自慢だったんですけど、どういう意図で作られたんですか? 折原:あれは、印刷会社さんの「こんなのできますよ」という技術提案からです。12弾からなので、ちょうど私が引き継ぎ始めた頃でした。両面プリズムなんかもやりましたね。ドラゴンボール本弾シリーズは出荷数が多いので、コスト的に特殊な技術を使いやすいという側面もありました。 茂木:そうだったんですね。ドラゴンボールヒーローズの方は、レアリティの象徴としてさまざまな仕様のカードをつくりました。オリジナルのホロ柄をつくったり、いろいろな箔押しをしたり、おそらく全世界で一番仕様にこだわったカードシリーズだと自信を持って言えます。 ——ヒーローズは、レアカードの封入率とゲーム性のバランスといった所も重要そうですね。 茂木:そうですね。いかに気持ちよくレアカードを入手してもらえるか、という逆算からレアリティの段階を設定しました。当時、筐体で遊ぶ子どもの平均プレイ回数は5回だったのですが、それをもとに一度の来店で1枚はレアカードを引いてもらえるように封入率を計算する、などです。レアカードって、やはりアイコニックな存在ですしね。 トレーディングカードゲームの世界では、パックを開けたときに一目で「レアが当たりでそれ以外がハズレ」のような印象を抱かれがちです。ですが、どのカードも大事なカードに思ってもらいたい。レアリティが低いカードにも強力なキャラクターを盛り込んだり、構図にこだわってかっこよく見せることで工夫していました。 ##### ドラゴンボールカードの日本と海外への展開 ドラゴンボールカードの日本と海外への展開 ##### ——海外展開も、どのような点を意識されているか伺いたいです。 茂木:欧米などでは、日本ほどメディア背景が整っていない現状があります。だからこそ、ドラゴンボールカードをきっかけにドラゴンボールを好きになってほしい、という点は意識しています。僕自身、「ガンダムウォー」を遊んだことでガンダムを好きになったという実体験もあるんです。 ——海外のファンは、どういうポイントでドラゴンボールを好きになってくれていると感じますか? 茂木:まだ調査中のところもありますが、やっぱり「わかりやすさ」だと思います。それはストーリーが難しすぎない点や親近感の湧くキャラクターの存在、あとはキャラクターの強さが明確で、そこをベースに最強を目指すという流れがわかりやすかったんだろうなと。 あとはアメリカでいうと、作品において必殺技の文化があまりないんですよね。だからこそ「かめはめ波」のように真似しやすい必殺技の存在が、伝播する力になったんだろうなとは思います。 ——ここ1~2年は新型コロナウイルスの影響があって、子どもたちが外で集まって遊ぶ機会も大きく減っていると思います。この情勢を踏まえて、現時点でのカード事業の戦略や今後の展望についても伺いたいと思います。 樋口:日本では、なかなか人が集まっての大会はできませんでした。大切なお客様である子どもたちも、以前ほど頻繁に店頭で遊べる状況ではありません。 でもやっぱり、カードゲームって、人と対戦するから面白いものなんですよね。私たちができることとしては、店頭に集まらなくても大会ができる仕組みづくりなどを通して、引き続き安心して遊べる環境を用意することだと思っていますし、また店頭大会復活に向けての行動も起こしはじめようかというところです。海外に対しても、オンライン対戦の整備など取り組んでいますよね。 茂木:そうですね。海外は(アジアを除いて)データカードダスがないので、トレーディングカードゲームが主になってきます。欧米などはもともとリモートワークの環境が整っていたので、有志のプレイヤーたちがPCにカメラをつないで、自分の手元を共有しながらオンライン対戦をするような文化がコロナ前からありました。 ですから、リアル対戦ができなくなってもオンラインで遊ぶ下地があったのと、コロナで外出ができない中、逆に「家の中でできる遊び」として楽しまれた部分もあるようですね。コロナを経て、家で遊べるものとしての価値が改めて見直されているのかなと思います。 ——オンライン対戦の文化は、日本にも入ってきているのでしょうか? 茂木:欧米で使われているDiscordというツールが日本でも広がっていますし、カードゲームメーカーの各社さんが対戦ツールを開発しています。バンダイも現状、「バンダイTCGオンラインロビー」と「BANDAI TCG CONNECT」を展開しておりまして、自分の好きなタイトルで安全にオンライン対戦をしていただけます。 「BANDAI TCG CONNECT」のオンラインロビー画面 ##### 大人世代と子ども世代をつないだドラゴンボールカード 大人世代と子ども世代をつないだドラゴンボールカード ##### ——ドラゴンボールの歴史とともに、ドラゴンボー
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